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東京地方裁判所 昭和39年(ヲ)1718号 決定

申立人 共栄建物株式会社

被申立人 安田ふじ 外一名

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一、申立の趣旨および理由

申立人は「東京地方裁判所執行吏須田隆次郎は、申立人の委任により東京地方裁判所昭和三九年(ヨ)第四三七〇号第四四四〇号建物収去仮処分命令に基く執行を実施せよ」との裁判を求め、申立の理由として次のように主張した。

(一)  申立人は申立人と安田ふじ間の東京地方裁判所昭和三九年(ヨ)第四三七〇号仮処分命令により別紙目録〈省略〉記載建物収去の債務名義を、申立人と千代田建構株式会社間の昭和三九年(ヨ)第四四四〇号仮処分命令により別紙目録〈省略〉記載建物退去の債務名義を、各有している。

(二)  申立人は昭和三九年六月一九日東京地方裁判所執行吏須田隆次郎に右各執行を求めたが執行不能とされた。

(三)  同執行吏はその理由の一つとして別紙目録記載建物については、既に安田ふじを債権者とし千代田建構株式会社を債務者とする占有移転禁止仮処分命令が存するので、その取消がない以上前記各執行をなしえないとしている。

(四)  しかし前記の債務名義は右先行の仮処分と抵触しないから、右理由により執行を妨げられる理由はない。

二、先行仮処分と執行の能否に関する判断

申立人が前項(一)の各債務名義を有していること、申立人が昭和三九年六月一九日東京地方裁判所執行吏須田隆次郎にその執行を求めたが、執行不能とされたことは疎明によつて明らかである。執行不能調書によれば、執行すべき建物には債権者安田ふじ、債務者千代田建構株式会社間の東京地方裁判所昭和三九年(ヨ)第一七〇四号不動産仮処分事件決定にもとづき同年三月二一日に執行吏保管占有移転禁止の仮処分執行がなされており、この先行仮処分の取消がなければ、執行することができない旨記載されている。

そこで先行仮処分の存在と執行の能否についてまず判断する。結論から言えば、当裁判所は、本件のように先行仮処分の債権者債務者双方に対する債務名義の存在するときは先行仮処分は執行の妨げにならないと考える。その理由は次のとおりである。

(一)  本件における先行仮処分は建物所有者と建物占有者間の本案訴訟を前提とする占有移転禁止の仮処分であり、申立人の有する債務名義は土地所有者として土地の不法占有者である建物所有者ならびに建物占有者に対し建物の収去をさせる仮処分命令である。建物所有者と建物占有者間の争訟の経緯がどうであろうと、土地所有者に対抗しうる占有権限がなければ、土地所有者からの収去執行を妨げることは出来ない。したがつて建物所有者と建物占有者間の先行仮処分の存在が、土地所有者たる申立人からの執行を妨げるべき実質的根拠は全くないのである。

(二)  もとより、執行に際しては、執行の能否は主文に基いて判断しうるものでなければならず、債務名義の根拠理由を検討しなければ判断できないものであつてはならない。しかし、本件のような場合には、先行仮処分の債権者、債務者双方に対する債務名義(主文)が存在することにより、その判断は容易になしうるものである。これに反し一方に対する債務名義しか存しない場合には、仮りに実質的には他の一方が執行を妨げるべき根拠をもたないとしても、主文上その判断はできないから執行は不能とすべきものといえる。(例えば建物の占有権限をめぐつて争いがあり、占有移転禁止の先行仮処分があり、建物所有者がその一方当事者である現実の占有者に対する退去執行の債務名義を有している場合、先行仮処分当事者がともに建物所有者の占有取得を妨げる根拠をもたないのか、それとも他方当事者はその根拠をもつのか、主文上からはとうてい判断できない。)

(三)  ちなみに前記執行不能調書においては、先行仮処分の取消を要する旨記載しているけれども、建物所有者が建物占有者に対する明渡請求を本案として占有移転禁止の仮処分をしている場合、土地所有者は建物について引渡を要求できるわけではないから、本来その取消を要求しうるものではない。

先行仮処分が収去執行の妨げとなるという前提において、はじめて取消を必要とするに至るのである。収去執行の債務名義を得たのちでなければ取消の根拠の生じない者に、しかも先行仮処分の当事者双方に対する債務名義を有する者に、改めて取消の手続を経させなければならないような前提そのものが誤りであるというほかない。

(四)  本件においては、おそらく、執行吏保管の性格が必ずしも明確でないため、先行仮処分当事者双方が申立人の執行を妨げ得ないことが明らかであるにも拘らず、執行吏保管の状況を変更することはできまいというのが、執行不能とした理由であろう。しかし執行吏の保管は先行仮処分の当事者の有する権利を離れては意味がないのであつて、保管は当事者の一方又は双方に代つて保管するものと考えられる。したがつて双方に対する他者(本件では申立人)の債務名義の存在によつて事実上変更されるとしても止むを得ないのである。

以上のような理由に基き、先行仮処分の存在は申立人の執行を不能とする理由とならないから、他に理由のないかぎり、収去ならびに退去執行をなすべきであつたことになる。

三、第三者の占有と執行の能否に対する判断

しかしながら、前記執行不能調書によると別紙目録記載建物は先行仮処分当事者以外の第三者が多数占有していたこと、これら第三者を退去せしめなければ収去執行はできないことが不能の理由として記載されており、これら第三者が占有していたこと、また申立人がこれら第三者に対する債務名義を有していなかつたことは申立人も争わないところである。第三者が占有する建物について収去の執行ができないことは疑がない。

四、結論

したがつて、執行吏が執行不能としたことは、その理由の一半は誤りであるけれども、結論としては正当であり、申立人の請求は認めることができない。申立を却下することとし、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 花田政道)

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